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東京地方裁判所 平成5年(モ)7706号 判決

申立人(債務者)

東和薬品株式会社

被申立人(債権者)

スミス・クライン・アンド・フレンチ・ラボラトリース・リミテッド

主文

一  申立人と被申立人との間の東京地方裁判所平成二年(ヨ)第二五六〇号仮処分申請事件について、同裁判所が平成五年三月一日にした仮処分決定は、これを取り消す。

二  訴訟費用は被申立人の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

主文第一項と同旨

第二事案の概要

一  本件は、被申立人(債権者)が、特許第一〇六二七六六号の特許権(本件特許権)を有しているところ、申立人(債務者)がシメチジン製剤を製造、販売する行為が右特許権を侵害することを理由に、申立人に対し、右製剤の製造、販売の差止めを求める仮処分の申請をし、その旨の仮処分決定を得たが、その後に本件特許権の存続期間が満了したとして、事情の変更により右仮処分決定の取消を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  被申立人が本件特許権を有していた。

2  申立人が、別紙目録記載の構造を有するシメチジン製剤(商品名「チーカプト錠」、「チーカプト注」及び「チーカプト細粒」)を製造、販売していた。

3  被申立人が、申立人に対し、右製剤の製造、販売が本件特許権を侵害するとして、右製剤の製造、販売の差止めを求める仮処分の申請をした(東京地方裁判所平成二年(ヨ)第二五六〇号仮処分申請事件)。

4  東京地方裁判所は、平成五年三月一日、次の主文の仮処分決定(本件仮処分決定)をした。

「債務者は別紙目録記載の構造を有するシメチジンの製剤(商品名「チーカプト錠」、「チーカプト注」、「チーカプト細粒」)を製造し、販売してはならない。

債権者のシメチジン原末及び製剤に対する占有を解いて、管轄地方裁判所の執行官に保管を命ずる。」

5  被申立人は、本件仮処分決定の執行を申し立て、執行官は、平成五年三月初旬、申立人の工場、配送センター及び営業所において、本件仮処分決定に基づき、申立人のシメチジン原末及び製剤について執行官保管の仮処分執行を行った(以下、右執行対象物件を「本件執行物件」という。)。

6  本件特許権の出願日は昭和四八年九月五日であり、平成五年九月五日の経過をもって二〇年を経過した。

なお、被申立人は、平成五年九月一七日付けで、本件仮処分事件について、主文第一項の申立てのみを取り下げた。

第三当裁判所の判断

一  右争いのない事実によれば、本件特許権は存続期間を満了し、特許法六七条一項但書きにより終了したことは明らかであるから、本件仮処分決定は、その原因及び必要性が消滅するに至ったものというべきであり、事情の変更により取り消されるべきである。

二  被申立人は、本件執行物件のように、特許期間中に廃棄すべきであった物が廃棄されないまま特許期間が満了した場合、廃棄義務が確定している以上、期間満了後も廃棄請求権は残存していると解すべきであるから、本件特許権に基づく仮処分は、執行官に保管を命じた部分については取り消されるべきではない旨主張し、その理由として、(1)特許法一〇〇条二項所定の廃棄請求権はこのような場合にも適用があると解すべきである旨、(2)仮に廃棄義務の消滅を認めるとすれば、被申立人が本件執行物件について損害の賠償を請求することが事実上困難であるのに対し、申立人は廃棄を怠った方が利益を得る結果となるという不当な事態をもたらし、正義衡平の観念にもとる旨、(3)被申立人は本案訴訟において廃棄請求権の存在を主張しているが、侵害組成物件が債務者に返還されることになれば、被申立人の右請求は訴えの利益を欠くことになりかねず、その請求を貫徹する機会を奪われる旨を主張する。

しかしながら、廃棄義務が確定していないことはいうまでもないし、特許法一〇〇条二項が「前項の規定による請求をするに際し」と規定し、更には「侵害の行為を組成した物(……)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。」と規定していることに照らすと、同条項所定の廃棄請求権、除去請求権その他の侵害の予防に必要な行為を請求する権利は、同法一項所定の侵害停止請求権又は侵害予防請求権の行使に付随して行使しうることができるにすぎないものであって、それ自体独立に行使しうるものではなく、また、その侵害の予防に必要な行為を請求しうるにすぎないというべきである。

そうすると、特許権の存続期間が満了した場合、同法一項所定の侵害停止請求権又は侵害予防請求権は消滅し、これを行使する余地はないのであるから、同法二項所定の廃棄請求権等を行使することができないのみならず、期間満了前に侵害の行為を組成した物であっても、期間満了後は当該特許権を侵害するおそれはないのであるから、「侵害の予防に必要な行為」としてその廃棄等を請求することはできないというべきである。

本件において、本件特許権の存続期間が満了したことはすでに判示したとおりであるから、その余の点に判断するまでもなく、被申立人の主張は理由がないといわざるをえない。

三  よって、申立人の本件申立ては理由があるのでこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 一宮和夫 裁判官 足立謙三 裁判官 前川高範)

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